多文化共生を体現する施設を木造で建てたい

金属・木材・石灰という3つの主事業を手掛ける、矢橋ホールディングス。1961年の設立以降、順調に事業を拡大し、現在は国内10社、さらにはベトナム、ミャンマー、韓国など海外7社を擁する矢橋グループとして、地域のみならずグローバルで存在感を発揮している。グループ社員数1135人のうち500人が海外に勤務し、ほとんどは現地国の人たち。日本でも20名以上の外国人が勤務する。在籍社員の国籍は日本、ベトナム、ミャンマー、韓国、中国、ブラジル、インドネシア、モンゴル、タイ、台湾、エチオピアと、実に国際色豊か。

プロジェクトを主導したのは、同社代表取締役会長の矢橋龍宜氏。「多文化共生の体現」が目的だった。
「1995年に鉱山関連の仕事でベトナムに行き、2000年には現地で合弁会社を設立しました。これを機にミャンマーや韓国にも拠点を構え、私や幹部、海外事業の担当者は現地国の従業員たちと多文化共生を体験するようになったものの、日本にいる多くの従業員にも実際に体験してほしいとの思いが強くなりました。今から約5年前、2020年の頃です」

思い浮かんだのは、多文化共生を体感できる場をつくること。「矢橋の理念である『人間探究』を体現するような、多文化共生を実際に体験して相互理解を深め、ともに豊かに生きられるような施設を目指したい」と矢橋氏は考えたという。そのヒントは、矢橋ホールディングスが本社を構える大垣市の赤坂町にもあった。
「赤坂町は中山道の宿場町で、さまざまな地域から人が集まり共生社会を構成していました。この文化を我々は受け継いでおり、現代にも持ってきたいと考えたのです。かつ、多文化共生の体感とは何かと考えたとき、私は食べることが大好きで、食事を通じて異文化を知る経験は、大きな学びでした。かつて、ベトナムで働いた日本人社員たちも、最初は慣れない味に戸惑っていましたが、日々の食事でおいしさに気づき、やがて『ふるさとの味』と感じるようになりました」(矢橋氏)
こうした考えをもとに、500人が収容でき社員食堂や各種イベントの場として使ったり、将来的には地域住民とさまざまな国籍の従業員が交流を図れたりするホールを備えた施設にしたいという、具体的なプランが固まった。

さらにこだわったのは、木のぬくもりを感じられ、自社の事業にも通じる木造の施設であること。「500人が収容できるホールがある木造の施設を建てるとなれば、実現できるのは住友林業のビッグフレーム構法しかありません。ダイナミックなデザインを実現できるのも利点でした。以前からビジネス上のお付き合いもありお願いしやすく、他の選択肢は思いつきませんでした」(矢橋氏)
矢橋氏が『The Forest Barque』を選んだのは、必然の流れだったといえる。一方、依頼を受けた住友林業サイドは、この思いや要望をどう受け止めたのか。設計担当者はこう振り返る。
「最初のプレゼン時は緊張しながら臨みましたが、ご要望やコンセプトを伺う中で矢橋会長や若手メンバーの思いに共感しました。活発な意見を出し合いながら、プロジェクトを進めた記憶があります」
印象的なエピソードは、「デザインを検討する中、当時のスタッフ全員で会長宅を拝見させて頂いた事」だという。
「矢橋家主屋は1833年築造の大型町屋建築で本格的な茶室や中庭を備え、国の登録有形文化財に指定された建物です。2階建ての大屋根吹抜け部分の小屋組みや天窓からの採光、中庭をはじめ緑豊かな緑化計画などを『SAXIA』のデザインに共有させていただきました」

ちなみに、ホールの広さは、テニスコートに例えると2面ほど。大空間を実現するビッグフレーム構法でも、これだけの規模はほぼ前例がなく、建築中は多くの見学者が訪れた。
多文化共生というコンセプトのもと、こだわったのはホールだけではない。日本文化を知ってもらいたい気持ちから、茶道も楽しめる本格的な和室や多文化共生をテーマにした展示コーナーも設えた。ホールに隣接する広々とした厨房は多様なメニューに対応できるよう、設備はホテルのレストランや給食センター並み。エントランスホールや応接室もあり、多用途に適している。このようなデザインを木造で実現できたのは、『The Forest Barque』だからといっても過言ではない。
コロナ禍やウッドショックによりプロジェクトが停滞することもあったが、2024年初夏より、木材をプレカットする矢橋テクニカルセンターの敷地内で建設は始まり、おおよそ1年かけて完成した。『SAXIA』と命名したのは、プロジェクトに関わった若手メンバーの1人、矢橋林業の木材事業本部 木材建材営業部職長の河添太郎氏だ。

「古代ギリシア語で『価値のあるもの』という意味を持つ『AXIA』に、花の開花、笑いと繁栄、新しいことへの探究を意味する『咲く』、英語で『満足させる』という意味の『Satisfy』、交流のシンボル、文化や人々をつなぐ架け橋、未来の可能性への展望を込めた『X』。これら4つのキーワードを掛け合わせました」(河添氏)

「『SAXIA』は私にとって人生の集大成であり、多文化共生の象徴です」と、矢橋氏は強調する。プロジェクトにも多国籍の従業員が関り、寄り添い力を合わせると大きな仕事が成し遂げられることも再認識した。「今回は住友林業の尽力でこれだけ大規模な木造施設を建てられました。当社のみならず、多くの事業者にも興味を持ってほしいと感じています」(矢橋氏)








