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香港 1/3 
香港と李嘉誠(リ・カシン)

ICC

ここまでの連載で約20回に渡り、シンガポールでの起業や生活などを紹介してきました。シンガポールに移住してから2年が経過し、事業展開がより広範にできるようになってきましたので、今回からはテーマを変えて広くグローバルの主要都市について、その都市を代表する大富豪の紹介と絡めながら、最新のトレンドについて紹介していきたいと思います。

初回は、香港と李嘉誠(リ・カシン)についてです。李氏の人生はそのまま香港がグローバル屈指の金融都市と成長する軌跡と重なります。彼は1928年生まれの87歳ですが、未だにビジネスの一線で活躍していて、その動向や発言は国際経済に大きな影響を持ちます。ブルームバーグ社のビリオネアランキングで、現在世界20位(2015年12月21日時点)、資産額は約300億ドル(約3.6兆円)とされています。直近では、アリババ創業者のジャック・マーと常にアジアで最大の富豪の座を巡って激しく競争しています。

「香港で10ドルお金を使うと1ドル李氏の懐に入る」と言われていますが、李氏が影響力を持つ企業グループは香港株式市場に上場する全企業の15%を占めており、全く大げさな表現ではありません。李氏は一代でこの巨大な企業グループをどのように作り上げたのでしょうか。

李氏は中国南部の都市である潮州に生まれますが、日中戦争が激化したことを受けて12歳の時に香港に渡ります。しかし、彼が15歳の時に父親が亡くなってしまい、高校を中退することを余儀なくされます。高校をやめてすぐにプラスチック製品の工場に就職し、7年後の22歳の時に学んだノウハウを活かしてプラスチック製品を製造する会社を立ち上げます。プラスチックを使ってリアルな花の模型を作る技術に優れた彼の工場の製品は海外も含めて大人気となり、独立してから数年でプラスチック製の造花で香港最大のプレイヤーとなり、事業は軌道に乗ります。

30歳を過ぎたあたりから小規模な不動産ビジネスを行うようになっていた李氏ですが、転機が訪れたのは彼が40歳になった1968年でした。この年、香港では暴動が発生し不動産価格は暴落します。多くの投資家が香港の先行きに悲観的になる中で、李氏は果敢に不動産への投資を拡大しましたが、この賭けは成功し不動産市場の回復とともに莫大なリターンを上げます。1971年に、李氏は自身の不動産部門を今もその社名が残る「長江実業」と名付け、72年には香港株式市場への上場も果たします。

上場を果たした李氏はそこで得たキャッシュを元に事業を多角化させていきます。79年にはHSBCから港湾事業と電力事業が主なビジネスであったハチソン・ワンポア社(和記黄埔)を買収します。交易都市として大きく成長し始めていた香港の立地を活かして、彼はこのハチソン・ワンポア社の港湾事業を拡大し、現在では中国本土や英国、カナダ、パナマなど世界中に港湾施設を所有しており、全世界のコンテナ流通量の15%近くをコントロールするところまでになっています。

その後も、不動産関連ビジネスは長江実業で、それ以外の事業についてはハチソン・ワンポア社を中心に、小売り事業などに次々と進出し成功を収めていきます。近年では、李氏自身が高齢となっているにも拘わらず、ITなどテクノロジー産業にも積極的に投資をしています。

岡村聡

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