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国父、リー・クワンユーの他界

先週23日、シンガポールの初代首相リー・クワンユー氏が91歳で亡くなりました。シンガポールは今年建国50周年ですが、まさに国家の大きな節目の年となりました。

リークアンユー氏国葬

リー・クワンユー氏は、単なる国家元首ではなく、シンガポール国民にとって国家そのものを体現した人物として広く敬愛されています。リー・クワンユー氏の死後、シンガポールの周囲の人はみな、老若男女問わず外国人も含めて深い悲しみに包まれています。

3月29日に国葬が行われましたが、15kmに渡って棺が運ばれた沿道は国民が埋め尽くし、声をあげて泣く人も多くいたようです。私たちは子供がまだ小さく雑踏をさけるため、国葬が行われる前の日に追悼イベントが行われているナショナル・ミュージアムを訪れました。

ナショナル・ミュージアムではリー・クワンユー氏の人生を振り返る展示が行われていましたが、高齢の方を中心としてそれぞれのパネルの前で時間をかけ、感慨深そうに見入っている姿が印象的でした。

国葬まで遺体が安置されていた議事堂には弔問に訪れる国民が殺到し、一時は10時間近くの待ち時間となりました。高温多湿のシンガポールの気候により長時間待っている間に体調を崩す恐れもあるため、政府も弔問を抑えてほしいという声明まで出しましたが、それでも弔問客は減らず、亡くなってから数日たっても5時間ほどの待ち時間だったようです。

リークアンユー氏国葬
追悼イベントが行われたナショナル・ミュージアム

リークアンユー氏国葬

シンガポール国民はもちろん、外国人からのリー・クワンユー氏への尊敬の念も強く、私のシンガポールの知人家族は、シンガポール人の家族に加えてインドネシア人のメイドさんも、本人の強い希望で議事堂に弔問したと話していました。シンガポールだけでなく、広くアジア人にとってもリー・クワンユー氏は自分の人生に大きなチャンスをもたらしてくれた偉人として心に強く刻み付けられている表れでしょう。

今回の死去の際に、現地の報道ではリー・クワンユー氏のことを、初代首相ではなく創業首相(Founding Prime Minister)と称している記事を多く目にしました。わずか50年前に、マレーシアから半ば見捨てられる形で独立したシンガポールを、現在の世界でも有数の豊かな都市国家にまで育て上げたリー・クワンユー氏は、まさに会社にとっての創業社長と同じ重みをもっているということでしょう。

リー・クワンユー氏は1965年の独立時の会見で、人口は200万人に満たず、資源もなく、食料もほとんど生産できない自国の行く末に対する不安と、マレー優遇政策を推し進めるためにシンガポールを見捨てたマレーシアに対する口惜しさから、思わず涙したことは今でも語り継がれています。

しかし、その後シンガポールはリー・クワンユー氏による果断な経済成長政策がことごとく実って、世界でも類を見ない発展をとげます。独立時にはわずか500米ドルであった1人あたりGDPは、現在は55,000米ドル以上と100倍以上に増加しています。さらに、人口も600万人に迫るところまできています。

何もない小さな島国のハンディを逆手にとって、公用語を英語とし、外資規制を大幅に緩和し、海外からヒト・モノ・カネを集めることで経済発展を実現させました。アジアで、資源もなく食料も生産できず、人口も少なく、さらに熱帯の気候という、ありとあらゆる経済成長を妨げる要素があった中、それらをすべてはねのけ現在の繁栄するシンガポールを築いたことは、周囲のアジアの国々にも計り知れない自信を与えました。

現在の首相は、リー・クワンユー氏の息子であるリー・シェンロン氏ですが、死後直後の声明で英語、中国語、マレー語それぞれで涙を浮かべながら、リー・クワンユー氏のシンガポール発展への貢献を話した姿が印象的でした。世界中から人を集める多民族国家シンガポールのトップとして、改めて十分な資質を国民に示しました。

建国50年を迎えるシンガポールは、繁栄を極める経済の陰で、格差の拡大やローカルの外国人への反発など、その問題も顕在化しつつあります。欧米のメディアは、リー・クワンユー氏の功績をたたえる一方、政治的自由度の低さなどその独裁的なスタイルへの批判にも、かなりの部分を死亡記事の中で割きました。

今年はシンガポールの4年に1度の総選挙もあります。前回の選挙以上に野党勢力が躍進すると見られており、経済発展を最優先として、トップダウンで効率的に運営されてきたシンガポールのスタイルが徐々に変化していくかもしれません。それでも、リー・クワンユー氏の思想を国民が広く受け継ぎ努力する限り、シンガポールの繁栄は続くと期待しています。

最後に、2011年に公職から引退するときのリー・クワンユー氏のあいさつから、彼の人となりを象徴するフレーズを紹介したいと思います。

“At the end of the day, what have I got? A successful Singapore. What have I given up? My life,”(人生の最後に私が得たのは繁栄するシンガポールだ。そして、私が捧げたものは人生だ)

グローバル化する世界は、その時代を象徴する偉大な人物を失いました。

岡村聡_300

岡村 聡 (おかむら さとし)

シンガポールで資産運用のアドバイスを行う株式会社S&S investments代表取締役。 マッキンゼー&カンパニー、アドバンテッジ・パートナーズなどを経て、2010年11月に妻と2人で同社を設立。現在、資産運用に加えて、海外移住や海外不動産投資などのコンサルティングも行っている。著書に「世界の超富裕層だけがやっているお金の習慣」(KADOKAWA/中経出版)など。

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