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公的年金が8兆円の損失というニュースをどう見るか

年金

公的年金を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)における2015年7~9月期の運用実績が8兆円の赤字となった。数字が大きいのでびっくりした人も多いかもしれないが、この数字は関係者の間では、以前から想定されていたものだ。実は日本の公的年金は完全に株式にシフトしており、わたしたちの年金も株価に大きく依存するようになっているのが現実なのだ。

これまでGPIFは、積立金のほとんどを安全な国債で運用してきたが、安倍政権になり、運用方針の抜本的な見直しが進められた。インフレが進むと債権価格が下落するため、債権中心のポートフォリオでは損失が発生するリスクが出てくるというのがその主な理由である。昨年10月にまとめられた新しい運用方針では、国債の比率が60%から35%に低下し、国内株の比率は逆に12%から25%に引き上げられた。外国株を合わせると全体の50%が株式という構成になっている。

こうした運用方針の見直しについては、一部から株価対策ではないのかという批判が出ていた。実際、GPIFのポートフォリオ変更に伴って、数兆円の資金が株式市場に流入しており、空前の株高が演出されている。2014年度(通年)の運用実績は15兆2922億円のプラス、2015年4~6月期の運用実績も2兆6489兆円のプラスであった。GPIFは自らの買いで株価を押し上げ、高い運用実績を上げたわけだ。

だがポートフォリオの変更に伴う資金流入はそろそろ弾切れであり、今後は自らの買いによる株価上昇は期待できない。今後の年金運用の状況は、まさに株価次第ということになる。

先ほど筆者はGPIFの株式シフトについて、株価対策との批判が出ていたと書いたが、実は株価対策よりも、さらに切実な事情がある。それは年金財政の悪化である。

公的年金は高齢化の進展で、年金の給付額が、年金保険料の徴収額を上回っており、GPIFの積立金は毎年3兆円程度減少している。つまり、何もしなければあと数十年で年金積立金がなくなってしまう状況なのだ。大きなリスクを覚悟してでも、期待リターンの高い株式にシフトしなければならない本当の理由はここにある。

だが、年金運用の株式シフトは、国民的議論がほとんど行われないまま、拙速に進められてしまった。公的年金は国民にとって最後の拠り所となる資産である。高いリスクを取って年金の給付額を維持すべきなのか、安全性を優先する代わりに年金の減額を受け入れるべきなのか、意見は分かれるところだろう。

ちなみにGPIFでは、日本株の期待リターンを約6%、1年間で想定されるリスク(ボラティリティ)を最大(2σ=確率95%)で±50%としており、外国株もほぼ同様の数値を設定している。金融工学的な言い回しを翻訳すると、株式投資の収益率は年率で約6%と仮定しており、最悪の事態が発生した場合には、株価が半分になる可能性も考慮しているという意味になる。

これを年金積立金の現在の運用状況に当てはめると、年間の最大損失額は20兆円程度を見越しているという解釈になる。これを多いとみると少ないと見るかは、人それぞれだが、私たちの年金がこうしたリスクに晒されているという現実は理解しておいた方がよい。

加谷 珪一 (かや けいいち)

経済評論家。東北大学卒業後、投資ファンド運用会社などで企業評価や投資業務に従事。その後、コンサルティング会社を設立し代表に就任。マネーや経済に関するコラムなどの執筆を行う一方で、億単位の資産を運用する個人投資家の顔も持つ。著書「お金持ちの教科書」(阪急コミュニケーションズ)ほか多数。

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