ENRICH(エンリッチ)

The Style Concierge

森泰吉朗(森ビル創業者)

人に説明することで自身の理解を深める

森氏にはビルの建設についても、経済学者らしい緻密な予測があった。戦後の高度成長で企業活動が活発になり、オフィスビルの需要が急激に拡大するというシナリオを立てていた。もっとも当時の日本は今ほど資金が豊富ではなく、銀行融資のほとんどは製造業の設備増強に回されるという状況である。不動産に対する融資の条件は悪かったが、森氏は、オフィス需要の増大とインフレの継続を確信しており、負債の拡大にまったく躊躇しなかったという。

この予測は見事に当たり、東京は空前のオフィスビル不足となった。森氏が新しいビルを開業すると、その日のうちにテナントが決まるといった状況で、同社の業績は飛躍的に拡大したのである。森氏の予測があたったのは決して偶然ではない。その後、同社が手がけ、現在の森ビルの基礎にもなった赤坂のアークヒルズの開発を見ればそれがよく分かる。

アークヒルズは今でこそよくある高スペックビルの一つだが、当時の日本にはそのようなビルはほとんどなかった。多くの関係者はアークヒルズのスペックを見て「こんな高い家賃を払って、テナントに入る会社などいるのだろうか?」と首をかしげていたという。

しかし森氏は、外資系を中心に賃料が高くてもスペックが高いビルには需要があると予測し、アークヒルズの建設に踏み切った。この読みも見事に当たり、赤坂での成功がのちの六本木ヒルズなど一連のハイスペックビルの建設につながっている。

森氏は学者・教育者らしく、こうした予測を立てる時の考え方もユニークである。森氏によると、人に説明する必要に迫られると、自分の頭の中で物事を整理することになり、逆に理解が深まるのだという。森氏はそうした目的から人に教える場を積極的に作っていたという。

また理解を深めることが何より重要という考えから、かなりの長期にわたって港区以外の場所ではビルを建設しなかった。違う土地のことを理解するためにはかなりの労力と時間を必要とするため、かえって効率が悪いというのが森氏の持論である。確かに港区を知り尽くしていることが、再開発などでは大きな効果を発揮したことは間違いない。これも物事の理解を最優先した森氏らしい経営方針といってよいだろう。

不動産デベロッパーの中には、運を天に任せるような手法で急成長するところもある。だがそうした企業は、オーナーが変わってしまうと、途端に経営がうまくいかなくなることも多い。森氏個人は確かに一種の天才かもしれないが、森氏のやり方であれば、その知性を汎用化・一般化することができる。

森ビルは2代目の稔氏の死去後、集団指導体制に移行しているが、同社はまったく問題なく経営を継承できている。これも知性の汎用化を目指した泰吉朗氏の成果といってよいだろう。

*この記事は、2017年2月に掲載されたものです。

加谷 珪一 (かや けいいち)

経済評論家。東北大学卒業後、投資ファンド運用会社などで企業評価や投資業務に従事。その後、コンサルティング会社を設立し代表に就任。マネーや経済に関するコラムなどの執筆を行う一方で、億単位の資産を運用する個人投資家の顔も持つ。著書「お金持ちの教科書」(阪急コミュニケーションズ)ほか多数。

連載コラム

tomobata_
加谷珪一 著
 
「共働き夫婦のためのお金持ちの教科書 30年後もお金に困らない!」
CCCメディアハウス 1,404円
 
マイホーム、貯蓄と投資、保険、子どもの教育費、親の介護と相続…大きく増やすために、大きく減らさないために、今できることとは?共働き夫婦なら絶対に知っておきたい57の基礎知識。

加谷珪一

Return Top