ENRICH(エンリッチ)

The Style Concierge

正しいリスクの取り方

立ち飲み、立ち食いという、イタリアンやフレンチの常識を破るスタイルを提唱し、3回転(すべてのお客さんが入れ替わることを1回転という。3回転はその3倍)という圧倒的な顧客回転数で必要な利益を確保することに成功したのである。

原価率を上げれば顧客にとってお得感が広がり、満足度が上がることは容易に想像できるし、多くのビジネス書にもそう書いてある。回転数を上げることができれば、利益率は劇的に向上することも多くの本に書いてある。

だが、実際にフレンチの世界で、立ち飲みスタイルで顧客を3回転させるということが本当に可能なのかは誰にも分からなかった。この事業におけるリスクはまさにここにある。このリスクを取れるかどうかがポイントであり、坂本氏はそのリスクを取って成功したのである。重要なのは、成功した場合には相応のリターンを見込むことができたという点である。

ソフトバンクの孫社長はリスクテイクの天才

リスクはあるが、うまくいった場合には十分なリターンがあるという点で、ソフトバンクによる米スプリント社の買収も非常によい例である。同社はこの買収に総額2兆円以上を投じており、確かに金額だけみると同社はかなりのリスクを背負っている。

同社が買ったスプリントは、6期連続の赤字で経営状態はボロボロである。同社は、旧スプリント社と旧ネクステル社が合併して出来た会社なのだが、この融合がうまくいかず、特に旧ネクステル側の顧客の解約が続いている状態が続いていた。

携帯電話のビジネスは設備投資が巨額になるので、解約者が増えると一気に収益が悪化する。だが逆に膿を出し切り、契約者が増加に転じると、その後はすべてが利益に変貌する。
孫社長はその特性に目をつけたわけである。契約者を増加に転じさせることができれば、2兆円の買収資金も一気に回収できるはずである。この買収が成功するのかは誰にも分からないが、リスクを取るだけの価値は十分にあると考えてよい。

孫社長はこれまでも数多くの買収を行ってきた。失敗もあるが、リスクを取るべき点について間違った判断をしたことはほとんどない。彼はリスクテイクの天才といってよいだろう。

だが天才でなくても正しいリスクテイクはできる。リスクに対して十分なリターンが得られるのかについては、経験を積むほど分かるようになってくるのだ。小さなことでもリスクとリターンの関係を見極めるトレーニングを日々行っていれば、いざという時に大きな失敗をすることは少なくなるだろう。
 


加谷珪一(かやけいいち)
評論家
東北大学卒業後、投資ファンド運用会社などで企業評価や投資業務に従事、
その後、コンサルティング会社を設立し代表に就任。
マネーや経済に関するコラムなどの執筆を行う。
億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
著書「お金持ちの教科書」(阪急コミュニケーションズ)
加谷珪一のブログ http://k-kaya.com

加谷珪一

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