ENRICH(エンリッチ)

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退路を絶つことの是非

エンリッチkaya2008

サラリーマンが勤務先に籍を残したまま起業できる制度に政府が補助金を出すことの是非がネットで話題となっていた。制度を前向きに評価する声がある一方、退路を断たずに起業し、雇用を保証してもらっているような人物では成功はおぼつかないという厳しい意見もある。

退路を断つのではなく、結果的に退路を断ってしまう

起業にも様々な形があってよいので、こうした制度も全否定する必要はないだろうが、成功を収めた人の多くは、あまり意味のない制度と感じているだろう。なぜなら、程度の違いこそあれ、大きな成果を上げる人というのは、強い衝動によって自ら突き進んでしまうものであり、結果的に退路を断つ形になっているケースが多いからだ。

自身の雇用や給料などが保証されないとそのプロジェクトに取り組めないということであれば、その程度の対象でしかなく、全力でプロジェクトに傾倒し、結果的に退路を断つ形になった人とは勝負にならない。

日本を代表する起業家といえばソフトバンググループの孫正義社長だが、彼は在学中からすでに何百、何千というビジネスアイデアを構想していたことで知られる。孫氏は留学から帰るとすぐに起業したが、おそらくビジネスに対する強い衝動によるものであり、退路を断つべきかどうかはあまり考えていなかったのではないだろうか。やりたいことを実現するには起業しかなく、結果的に退路が絶たれてしまっただけである。

孫氏の次に自身の話をするのは気が引けるが、孫氏の何万分の1とはいえ筆者も会社を設立し、それなりに事業や投資で成功を収めたが、起業するにあたり、失敗したら以前の会社に戻れたらよいのにとは1ミリも考えなかった。起業で成功する確率は数%以下と言われており、現実問題として失敗する可能性が高いことはよく分かっていたが、仮に失敗して無一文になっても、家族を養うくらいの仕事には就けると考えていた。

それ以上に、事業でやりたいことがたくさんあり、失敗した先のことまでは考えていなかったというのが正直なところだ。筆者が知る成功者の多くが似たような状況であり、失敗した後の雇用が保証されるかどうかなど、大きな問題ではなかったケースがほとんどである。

起業という行為は太古の昔から存在しているが、起業家に対して専門のファンド(ベンチャーキャピタルなど)がリスクマネーを提供し、合理的にベンチャー起業を育成するという仕組みは、1970年代に米国のシリコンバレーで確立したものである。

しばらくの間は、起業家と投資家の間でのみ共有されるノウハウだったが、今ではアントレプレナーシップ(起業家精神)は経営学の中でも重要な位置付けとなっているし、MBA(経営学修士)のコースにも関連講座がたくさんある。

だが、ここで重要なのは、起業家「精神」という名称からも分かるように、経営学という学術分野であってもマインドの要素が大きいことである。

ベンチャー企業を成功させるためにはどうすればよいのかという方法論は、精緻に理論化されてはいるが、最終的に大きな役割を果たすのは、起業家が持つ独特の精神であり、そうであればこそ、学術分野においてもマインドが重視されている。

加谷珪一

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