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実質賃金は下がっているのに、国民の社会に対する満足度は過去最高の不思議

一方、労働者の実質賃金は低下が続き、労働者が現実的に使えるお金の額はかなり減っている。円安による輸入物価の上昇によって、商品の値上げも相次いでいる。客観的に見れば、庶民の生活実感は苦しくなっている可能性が極めて高い。だがそれにもかかわらず、満足度の結果は正反対のトレンドを示している。

一般的にこうした満足度の調査結果は経済環境との相関が高いとされている。だが、この調査は社会的な満足度を問うものなので、経済的な状態にすべてが左右されるわけではない。自民党は戦後、一貫して利益誘導型の政治を行ってきたが、安倍政権は「安心」や「強いニッポン」など情緒に訴えかける政治であり、その点において従来型の自民党政治とは大きく異なっている。こうした情緒的な戦略が功を奏している可能性は高い。多くの人にとって経済的な合理性よりも情緒の方が優先されるのだ。

経済的な面については別の見方もできる。アベノミクスで実質賃金が低下したのは円安による輸入物価の高騰が原因であり、名目上の賃金はわずかだが上昇している。多くの労働者は名目上の賃金が上がったことで生活が豊かになったと認識した可能性がある。実際、満足度の上昇ペースと名目賃金上昇のペースはおおよそ符合している。

要するに、物価水準はともかく名目上の賃金が上昇し、情緒面に訴えかければ、国民の満足度は上がるということになる。近年、政治家がとみに情緒的な発言を繰り返すようになっていることにはこうした背景もあると考えられる。

ちなみにこの世論調査では、満足している内容に関する質問項目もある。2009年の調査では満足している点として、良質な生活環境、心と身体の健康が保たれること、女性が社会で活躍しやすい、向上心を伸ばしやすい、人と人とが認め合う、などが上位に並んだ。

一方、最新の調査では1位、2位は同じだが、良質な生活環境をあげる人の割合が増加するとともに、女性が活躍しやすいという項目が順位を大きく落としている。何をもって良質な生活環境と認識しているのかは不明だが、7年前と比較して生活環境が劇的に向上しているとは思えない。これも、精神的な満足度が先にあり、具体的な選択肢がないので、生活環境という項目が消極的に選択された可能性が高い。女性の活躍が低下しているのは、女性の社会進出が進まないという報道が多いことが原因だろう。日本において女性の社会進出が進んでいないのは以前も同じであり、物理的な環境が変わったわけではない。

加谷 珪一 (かや けいいち)

経済評論家。東北大学卒業後、投資ファンド運用会社などで企業評価や投資業務に従事。その後、コンサルティング会社を設立し代表に就任。マネーや経済に関するコラムなどの執筆を行う一方で、億単位の資産を運用する個人投資家の顔も持つ。著書「お金持ちの教科書」(阪急コミュニケーションズ)ほか多数。

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