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資産1億円がなぜ重要か?

5000万円というひとつのカベ

富裕層への入り口は1億円と書いたが、現実にはもう少し下の金額くらいから人の思考回路は変化し始める。だいたいそれは5000万円くらいである。この金額を境に、人の価値観は大きく変わってくることが多い。

以前、筆者は、親からの遺産で4000万円ほどの金額を手にしたという人から相談を受けたことがある。その人は、相続した土地が再開発されたことで、まとまったお金を手にすることができたのだが、その運用方法について深く悩んでいた。

現在、彼は50代後半で定年も近い。ローンを組んで中古マンションを購入しており、そのローンも間もなく終わる。かなり恵まれている方だが、やはり老後が心配である。本人としては、貯金1000万円と合わせて5000万円を何とか運用できないかと思い、税理士やファイナンシャル・プランナーなど、専門家と称する人に相談したそうである。

しかし彼は、専門家からのアドバイスには納得できなかったという。

彼は、虎の子である5000万円を絶対に減らしたくないと考えている。だが5000万円では5%で運用したとしても、年間250万円であり、それだけで生活することはできない。実際には5%の運用は難しく3%程度と見た方が無難なので、実質的には150万円程度の収入となる。

税理士やファイナンシャル・プランナーは、5000万円を運用しながらも、それを徐々に取り崩していくことを勧めてきたという。だが彼は頑なにそれを拒否し、何とか5000万円で運用できないかと聞き返し、埒が明かない状態となっていた。

彼は、富裕層としてはかなり貧弱な部類に入るのかもしれないが、まぎれもなく思考回路は富裕層の仲間入りをしているのだ。5000万円は運用するには確かに少ないが、運用でそれなりに稼げるギリギリの金額である。それだけの資産を手にした彼はどんなことがあっても絶対に減らしたくないのである。

これが1000万円や2000万円という金額であれば、運用してもたかが知れており、貯金を取り崩して生活する以外に方法はない。だが5000万円というレベルになってくると、運用だけで生活できる希望が少しだけ見えてくる。富裕層がお金をなくす恐怖は他人には想像できないほどだといわれるが、末端とはいえ、彼もその仲間入りを果たしたのである。

筆者は彼にハッキリと伝えた。「残念ながら今の金額では運用だけで生活するのは無理です。下手をすると資産をなくしてしまいます。ですが、その5000万円を絶対に失いたくないという気持ちはよく分かります。厳しいようですが本気で資産を守りたいと思うなら、定年退職後、年金が支給される年齢までは、どんなに安月給でつらい仕事でも再就職をして、そのお金には手をつけるべきではありません」

彼は一瞬つらそうな顔をしたが、その後は吹っ切れて「実は私も内心そう思っていました。実にスッキリしました。どんなに厳しい条件でも働きます」といって笑顔で帰っていった。

加谷珪一

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