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The Style Concierge

澤田秀雄 エイチ・アイ・エス創業者

憤りと論理の絶妙なバランス感覚

澤田氏は、旅行好きという本来の性格も手伝い、新宿のマンションの一室で、現在のエイチ・アイ・エスの前身となる格安航空券販売会社のビジネスをスタートした。きっかけは、航空業界に対する憤りである。外国の旅行客は、日本人のほぼ半額で飛行機に乗って日本に来ているのに、なぜ日本人が海外に渡航するのに2倍の料金がかかるのか。どう考えても納得できない。

海外では当たり前の格安航空券を扱うことで、日本人にも広く旅行の機会を提供したいとの考えで同社は業務をスタートした。もっとも当時は、格安航空券の存在は、あまり知られておらず、噂を聞きつけてお店にやってくる旅行好きの若者に少しずつ航空券を販売するという地味なものだった。

さらにいうと、日本の航空業界は非常に閉鎖的で航空券の仕入れすらままならなかった。澤田氏は外国の小規模なエアラインに焦点を定めて1社ずつ営業して航空券を仕入れたという。

日本は今でも、既得権益をもった会社が市場を独占し、利用者に高い料金を強いるという慣行が随所で見られるが、澤田氏はこうした悪しき慣行に風穴を開けた功労者の一人といってよいだろう。のちに大きなリスクを背負いながらも、格安航空会社であるスカイマークを設立するのも、日本の航空料金が過剰に高いという憤りが原動力となっている。

澤田が起業したころ、同じ旅行業界での起業仲間は、富裕層向けのツアーなどを取り扱うケースが多かったという。当時、旅行はまだまだ高価だったので、旅行に行く層の中心は比較的高齢でお金を持っている人だ。まずは、そうした人を狙うというのは、教科書的には正しいことである。

だが、こうした市場にはJTBような圧倒的な規模を持った先行者がいることがほとんどである。結果論として、当時は、ごく小さな市場にしか見えなかった庶民の格安チケットの市場は急拡大し、それに伴ってエイチ・アイ・エスも巨大企業に成長した。

澤田氏がここに目をつけることが出来たのは、憤りという非常にメンタルな部分と、旅行で培った大局観というロジカルな部分がうまく融合したからである。成功した多くの事業家や資本家がそうだが、精神的な部分と論理的な部分のバランスが絶妙である。その意味で、豊富な体験というのは、まちがいなくこうしたバランス感覚の助けになるはずだ。

加谷 珪一 (かや けいいち)

経済評論家。東北大学卒業後、投資ファンド運用会社などで企業評価や投資業務に従事。その後、コンサルティング会社を設立し代表に就任。マネーや経済に関するコラムなどの執筆を行う一方で、億単位の資産を運用する個人投資家の顔も持つ。著書「お金持ちの教科書」(阪急コミュニケーションズ)ほか多数。

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