3. 買主が実行拒絶を譲らない場合の対応
M&Aの最終局面で、買主が正当な理由なく実行を拒み、協議が完全に行き詰まってしまうことがあります。この場合、買主に対して履行の請求(株式の譲渡代金を支払えという請求)や、その履行を求める訴訟を提起することも理論上は可能です。
しかし、判決が出るまでに数年を要することも珍しくなく、その間に経営体制が不安定化し、従業員や顧客の離脱を招いて企業価値が毀損する恐れがあるため、履行請求の訴訟等は必ずしも現実的な選択肢とは言えません。
このような事態では、損害賠償請求に切り替えるのが現実的です。 取引が成立しなかったことにより被った損害を金銭で解決する方向へ舵を切ることになります。ただし、「取引が成立していれば得られたはずの利益(得べかりし利益)」等の立証は極めて難易度が高いため、 早期に専門家と連携し、戦略を練る必要があります。
損害賠償請求とは別に、あらかじめ契約書に「違約金条項」を設けていた場合には、これに基づく請求を検討します。
たとえば、「買主の責めに帰すべき事由により実行を拒絶した場合には、売買代金の●%を支払う」といった規定があれば、損害額の詳細な立証を待たずに違約金の支払いを求めることが可能となります。
4. 実際に買主から契約を解除されたときの対応
買主から契約を解除され、売主に損害が生じた場合には、民法上の債務不履行責任または契約書で定めた規定に基づいて、損害賠償や違約金の支払いを求めます。
この場面でも、あらかじめ契約書内で損害賠償額の予定や違約金に関する条項を定めておくことで、損害の立証が困難な事態を回避し、売主の権利を保護できる可能性が高まります。万が一の事態を見据えた条項の設定が、M&Aにおけるリスク管理の鍵ということです。
前後編にわたり、M&Aの実行前に把握しておくべきリスクとその対応策について、売主側の目線でポイントを解説してきました。
経営者にとって、心血を注いで育て上げた事業(会社)の譲渡は、人生における重要な意思決定の一つです。だからこそ、不測のトラブルに巻き込まれ、正当な対価や平穏な生活が奪われることがないよう、十分な対策を立てることが重要です。
前編でも紹介したように、今回紹介したリスクは、株式譲渡契約書の中である程度コントロールが可能なものです。これからM&Aを検討されている方は、本稿の内容を参考に、早い段階から弁護士等の専門家に相談の上、交渉・調整を行うことをおすすめいたします。
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