一過性の流行りではなく、100年後も愛されるアートを追求

E:青山さんが理想と考える「アートの在り方」を教えてください。
青山:100年・200年経っても説明抜きでただ美しいと思える作品こそが本質的なアートだと思っています。
いま世界のアートフェアで出ている作品の多くはコンセプト先行型。コンセプトありきで、自らの手によってつくる必要がない、中国の工場で大量生産されたものがアートとして扱われている「なんでもあり」な状態になっています。
それはそれで良いのですが、バナナを壁に付けてもアートとして成り立ってしまう。私としてはその流れに対するアンチテーゼ、つまり一過性の流行りではなくて、歴史に残り続けるより普遍的な美を大切にしたいと考えています。

E:先ほど「修業先のギャラリーのやり方と自分の理想の間にギャップを感じた」とおっしゃっていたのは、そうした美意識の違いがあったからなのでしょうか。
青山:そうですね。たとえば私は「工芸」という言葉が嫌いで、「その言葉が独り歩きしてしまうと世界に勝てない」と長らく違和感を覚えていました。
本当に素晴らしい抽象表現のなかで、たまたまその素材が金属であったり、ガラスであったり、工芸的な素材だったというだけなのに「工芸」という一言で括ってしまうのが好きではなくて。「工芸的な技術を駆使してつくられている作品でも、現代アートとして成り立つ」と考えるギャラリーがほかになかったんです。

「本質的な美しさに原点回帰したアートを世界に届けたい」という想いは創業当時からずっと持ち続けています。
E:歴史的に長く残る「美しいアート」にはどのような共通点があるとお考えですか?
青山:「マテリアリティ」「技術」「美しさ」という3つの要素があると考えています。素材の魅力を誰よりも熟知して、美しく、いままでなかった美に昇華していく……ミケランジェロでもダ・ヴィンチでもモネでもマネでも、歴史に名を遺す方の作品にはこの3つの要素が絶対に入っていますね。

E:「本質的な美しさを持つ作品」に出会うため、これからアートの世界に一歩足を踏み入れようと考えている方にぜひアドバイスをお願いします。
青山:本当に美しいものというのは、アフリカの人に見せても、古代ローマ人に見せても、200年後の日本人に見せても「素敵だな」と一見して感じてもらえると思います。その受け止め方は月明かりや夕陽が綺麗だと思うのと一緒で、内在的に人間が持って生まれたものです。
しかし、教育や社会に触れることで色眼鏡を重ね、次第に本能的に持っている美の感覚が見えなくなってしまう。自分のなかの先入観を取り払い、美の原点に立ち返ることで心から良いと思える作品を手に取ってほしいなと思います。
取材協力:A LIGHTHOUSE CALLED KANATA
撮影:平川友絵
TEXT:田宮有莉







