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実行後に生じるリスクとその対応策 前編

2. 受領した売却代金が仮差押えされた場合の納税等の対応について

クロージング後に、買主から表明保証条項違反や価格調整条項等に基づいて、損害賠償請求や代金返還請求を受ける場合があります。買主は、それらの訴訟を提起する前に、あるいは訴訟提起と同時に、将来の強制執行を確実にするため、譲渡代金を対象として仮差押えを申し立てることもあり得ます。

仮差押えによって預金債権などが引き出しできなくなった際、「判決が出るまで待てばいい」と考えるのは危険です。一時的な差し止めとはいえ、その影響は決して小さくないからです。なぜなら、売主には株式譲渡に伴い譲渡益に課税がなされますので、その納税資金を期限までに捻出しなければならないからです。納税原資は譲渡代金そのものを引き当てにしていることが多いため、仮差押えにより引き出しができなくなると、期限までに納税ができないという事態が生じます。

納税期限の翌日から2カ月を経過する日までは年7.3%、2カ月を超える日からは年14.6%の延滞税が原則として加算されることとなります。納期限までに納税を行わないでいると、税務署から督促を受け、それでも応じない場合には、督促状が発せられます。督促状が発せられた日から10日を経過した日までに納税を行わない場合には、滞納処分がなされることとなります。

譲渡代金が高額である場合、延滞税の負担はとても重くなります。そのため、売主側で取り得る対応としては、仮差押解放金の納付、保全異議の申し立てや仮差押えの停止、取消しを求める手続が考えられます。

まず、仮差押えの執行を停止したり、取り消すために、仮差押解放金という金銭を供託する方法があります。この金額は裁判所が決定しますが、通常は相当な資金が必要となります。そのため、手元の譲渡代金以外に十分な資金がない場合には、この制度を利用して解決を図ることは現実的に困難です。

次に、仮差押えそのものが不当であると主張して、保全異議を申し立てる方法を検討すべきでしょう。これは、買主側が主張する権利が存在しないことや、仮差押えをする必要性がないことを理由に行う手続きです。また、仮差押えによって取り返しのつかない損害が生じる恐れがあり、かつ買主側の主張に根拠がないことが明らかな場合には、例外的に執行の停止や取り消しを求めることも選択肢に入ります。

これらの手続をとる場合には、専門的な知識が必要であり、時間との戦いにもなります。手続の必要性を感じた場合には、早急に弁護士当等の専門家への相談が必要です。

M&Aは、契約を交わして終わりではありません。実行後、そして、譲渡代金受領後に生じるトラブルにどう備えるかが、最終的に手元に資金を残せるかどうかの分かれ道となります。

特に、アーンアウト条項の運用や突然の仮差押えの対応には、正確な法的知識が必要です。M&A契約後に、少しでも不安な動きや疑問を生じた段階で、早めに弁護士等の専門家へと相談し、適切な対策を立てることが、大切な資産を守るための確実な方法です。

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岩崎 隼人 (いわさき はやと)

弁護士・シニアプライベートバンカー。東京都内の渉外法律事務所に入所後、2018年に岩崎総合法律事務所を設立。上場・非上場会社のための法務サービスを提供するほか、社外取締役等の役職を歴任。岩崎総合法律事務所“Legal Prime”® では、富裕層ならではの課題をクリアにし、その目標の実現に向けて法務サービスを提供。事業承継やファミリーガバナンスの支援も行う。著書に「富裕層の法務 ファミリー・資産・事業・経営者報酬の知識と実務」など。

連載コラム

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岩崎隼人 著
 
『富裕層の法務 ファミリー・資産・事業・経営者報酬の知識と実務』
日本法令 4,400円(税込)
 
「富裕層」「超富裕層」と呼ばれる人々は、その資産規模や地位・立場ゆえ、自分自身のためだけでなく、家族、経営する企業、その従業員、ひいては社会全体に対しても負う責任を、しばしば考慮しなければなりません。
 
本書は、富裕層向けリーガルサービスに実績のある弁護士が、富裕層に対し実務家が助言する際に欠かせない特有の法的知識や留意点等を、「家族関係」「リタイアメント関係」「資産保全・防衛関係」「経営者報酬関係」の4部構成にて、網羅的に解説するものです。

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岩崎隼人

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