
2011年3月11日、東北地方を襲った大地震「東日本大震災」。
災害から15年。当時の記憶を継承し、東北の未来へ繋ぐために、いま1人の現代美術家が壮大なアートプロジェクトを立ち上げていることをご存じだろうか。
福島県・富岡町に美術館を建設し、3000人の参加者とともに巨大な作品を創り上げるという挑戦に挑むのは、デジタル数字を用いた作品で国際的に注目を集める現代美術家・宮島達男。
着想から11年、彼が手がける「時の海 – 東北」プロジェクトの全貌とは?
東北の未来のために、アーティストとして何ができるか

ENRICH(以下E):改めて、「時の海 – 東北」プロジェクト立ち上げの経緯を教えてください。
宮島:東日本大震災があったとき、私は東北芸術工科大学の副学長をしていました。震災後は泥かきのボランティアをしたり、学生を積極的に被災地に送りだしたりと支援を続けていましたが、1年、2年と経つと、東京や関西の方では、震災がなかったかのように元に戻っていくんですよね。
このままでは風化してしまうと危機感を感じ、アーティストとして何かこの震災に対して足跡を残したい、犠牲者の鎮魂と震災の記憶を継承して東北の未来へ繋げたいと思い、2015年にプロジェクトを立ち上げました。
E:「時の海 – 東北」プロジェクトで手がける作品《Sea of Time – TOHOKU》の特徴を教えてください。
宮島:LEDの数字カウンターを用い、3,000人の参加者が決めたそれぞれの「秒数」でリズムを刻むというのが大きな特徴です。参加者は被災された方が中心で、その方々の想いを0.2秒から120秒までの数字に込めていただくようにしています。
例えば、ある人は震災で亡くなった家族の誕生日が3月28日だったということで「32.8秒」に設定していました。このように、3,000人分の想いや追悼の記憶が詰まった作品になっています。

E:参加者はどのように募ったのでしょうか?
宮島:呼びかけをして、手を挙げてくださった方々が参加しています。そのため年齢も性別もバラバラで、0歳児から90歳オーバーの方まで幅広いですね。あと20~30人で目標人数の3,000人に到達する予定です。
E:一人で制作するのではなく、観客と共に協働する手法を選んだのは何故ですか?
宮島:アンコントロールな世界と向き合う作品にしたいと思ったためです。
僕自身が震災を経験して、テクノロジーが発達し、人間があらゆる物事を自由に動かすことができるようになったとしても、自然の脅威や宇宙の神秘の前では無力だと突きつけられました。
アーティストが自分のイメージをコントロールして形にしていくのが通常のアート作品のやり方ですが、観客を巻き込む作品というのは、作家がコントロールできない世界です。そういうものと向き合いながら作品を創りたいと思い、このような手法を選びました。
E:作品の規模は幅22.5m×奥行き40m とのこと、巨大な空間のなかで、数字カウンターの配置やレイアウトはどのように決めたのでしょうか。
宮島:配置場所のレイアウトは私が2年かけてデザインしました。細やかに計算して決めるというよりは、それこそアンコントロールになるようランダムな係数を使ったりしながら、できる限り自然な海の状態になるように意識しました。
E:2026年7月には、日本橋三井ホールにて作品《Sea of Time – TOHOKU》の公開実証実験を行ったとのこと、作品への反響はいかがでしたか?
宮島:予想以上の反響がありました。通常、美術館の1つの作品を見るときは皆さん5分、10分くらいでパッと帰られるのですが、多くの方が30分以上足を止めて見ておられました。何回も戻っては見てと繰り返す方や、しゃがみこんで涙を流す方もいらっしゃいましたね。

E:十人十色の想いが込められているからこそ、感動する方、自分の記憶に重ねて長く足を止める方も多かったのかもしれないですね。
宮島:答え合わせをするために作品を創っているわけではないですし、自分でも理屈は分からないのですが、説明抜きで見ている人が自分で発見して自分で感じる……それこそがアートが持つ一番の力だと思います。








