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実行後に生じるリスクとその対応策 後編

3. 引き継ぎ期間中の業績低迷と賠償責任

M&Aの条件として、売却後も一定期間役員として留まり、引き続き経営に関与する場合があります。これは、オーナー経営者の属人性が高い中小企業において、スムーズな経営権の移譲や顧客・従業員の離反を防ぐ目的でよく用いられる手法です。しかし、その期間中に思うような成果が上がらず、会社価値を下げてしまうことがあります。このような時に、買主から善管注意義務違反などの責任追及を受ける場合があります。

経営の継続が、アーンアウト条項(一定の業績目標を達成した場合に、後から譲渡代金を追加で支払う約束)に紐づいているのであれば、目標未達成によって追加の支払いを得られないという不利益が生じえます。一方、成果が出なかったこと自体を理由に損害賠償を請求されることは通常ないものと考えられます。

ただし、明らかに善管注意義務(取締役として当然に求められる注意義務)に違反している場合や、故意に会社に損害を与えるような行為があった場合は別です。在任中の誠実な職務執行は依然として不可欠です。例えば、売却が決まったからといって業務を完全に放棄したり、競合他社に有利になるよう顧客を意図的に誘導したり、会社の資産を私的に流用するような行為があれば、それは単なる「業績不振」の枠を超え、損害賠償請求を突きつけられる原因となります。

M&Aによる会社売却はゴールではありません。売主には売却後も元経営者としての様々な法的リスクが伴います。在任中の経営判断に対する責任追及、売却資金をもとに立ち上げた新事業と競業避止義務との抵触、さらには引継ぎ期間中の業績低迷に伴う賠償問題など、予期せぬ紛争へと発展する種は少なくありません。せっかく会社を売却し、相応の利益を手にしたとしても、その後の法的トラブルによって多額の返金・賠償や弁護士費用などが発生してしまっては、本当の意味での「成功」とは言えません。

一度会社を手放した後となってはコントロールが難しくなるからこそ、売却前の段階で経営上の懸念事項を洗い出し、契約書に定められた義務の期間や範囲を正確に把握しておくことが極めて重要です。リスクを最小限に抑えるためには、株式譲渡契約書に細心の注意を払い、表明保証の範囲や免責条項、責任制限の金額や期間を自らに有利な、あるいは許容できる範囲にコントロールしておく必要があります。

売却後も誠実な職務執行を心がけることが、売却後の安全な再スタートを切るための鍵となります。元経営者としての義務と責任を正しく理解し、適切な防衛策を講じた上で、次のライフステージや新たなビジネスへと歩みを進めていきましょう。M&A実行後のリスク管理に少しでも不安がある場合は、契約締結前の段階から、M&A実務に精通した弁護士などの専門家へ事前に相談することをお勧めいたします。

M&Aの成功は、契約の締結や会社の売却だけで完結するものではありません。売主にとっての真のゴールは、売却手続きの「実行前」と「実行後」の双方に潜むあらゆる法的リスクを未然に防ぎ、受領した譲渡代金を確実に守り抜くことにあります。

これまで、M&A実行前の対策の解説と合わせて、全5回にわたり、M&Aのプロセスにおける重要論点を解説してきました。実行前には、買主からの不当な代金減額交渉や実行拒絶、突然の契約解除といった、取引そのものを揺るがすトラブルへの備えが必要です。一方、無事にクロージングを迎えた実行後であっても、表明保証違反に基づく損害賠償請求や譲渡代金の仮差押え、さらには元経営者としての役員責任の追及や競業避止義務違反の指摘など、予期せぬリスクが次々と生じる可能性があります。

これらのリスクは、株式譲渡契約書の条項を調整・交渉することで、ある程度コントロールが可能です。しかし、複雑な裁判例の分析や実務的な契約交渉を、経営者様が単独で進めるのは困難です。

トラブルを未然に防ぎ、安全な再スタートを切るためには、早い段階からの備えが欠かせません。M&Aを検討されている方、あるいは実行後の対応に少しでも不安をお持ちの方は、ぜひ一度、M&A実務に精通した弁護士へご相談ください。貴社のビジネスと大切な資産を守るため、万全な防衛策を共に構築していきましょう。

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岩崎 隼人 (いわさき はやと)

弁護士・シニアプライベートバンカー。東京都内の渉外法律事務所に入所後、2018年に岩崎総合法律事務所を設立。上場・非上場会社のための法務サービスを提供するほか、社外取締役等の役職を歴任。岩崎総合法律事務所“Legal Prime”® では、富裕層ならではの課題をクリアにし、その目標の実現に向けて法務サービスを提供。事業承継やファミリーガバナンスの支援も行う。著書に「富裕層の法務 ファミリー・資産・事業・経営者報酬の知識と実務」など。

連載コラム

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岩崎隼人 著
 
『富裕層の法務 ファミリー・資産・事業・経営者報酬の知識と実務』
日本法令 4,400円(税込)
 
「富裕層」「超富裕層」と呼ばれる人々は、その資産規模や地位・立場ゆえ、自分自身のためだけでなく、家族、経営する企業、その従業員、ひいては社会全体に対しても負う責任を、しばしば考慮しなければなりません。
 
本書は、富裕層向けリーガルサービスに実績のある弁護士が、富裕層に対し実務家が助言する際に欠かせない特有の法的知識や留意点等を、「家族関係」「リタイアメント関係」「資産保全・防衛関係」「経営者報酬関係」の4部構成にて、網羅的に解説するものです。

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岩崎隼人

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